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アンナ・マグダレーナと不実な女がミュゼットを奏でる

今年の定演が終わって10日ほどたつ。

 全メンバーによるアンサルブルで何とヴィオラ・ダ・ガンバで『ペルシアの市場にて』を弾いた。お姫様の旋律(ソロ)を受け持ったが、息も絶え絶えの瀕死のお姫様を演じるはめになった。「みょみょみょ~~、みょみょみょみょ~~」と自宅では優雅に響くも、いざ合同練習になると、ピッコロ&フルート(現代楽器)奏者から「もっと(大きな大きな音で)朗々とレガートに!」「フレーズに変化をつけて」と檄が飛ぶ。「(千秋風に)ひ~っ、(若者風に)むりむり…」とつぶやく。チェロじゃないんだからヴィブラート要求されても困るし、音量もたちうちできない。とうとう、やけくそになり一音一音弓をかえし凌ぐしかなかった。古のガンバ奏者が誰一人思いも寄らない、まさしく想定外の様相と相成った次第。 やはり、古楽器は、当時のオリジナル曲が相応しい。ガンバの特性を生かした曲ならまだしも、その道も究め尽くさない未熟者がオーケストラ曲に手を出すなどとは至極僣越なこと。編曲してくれたメンバーには申し訳ないが2度とやりたくはないなぁ~というのが本音。

それに反して、バロックリュートで弾いたヴァイスのソナタ『不実な女』全曲は、出来はともかくも楽しく弾けた。やはり、実際弾いてみると、以前、触れたように、この曲の原題 "L'infidèle"は、近頃吹聴されている『異教徒』や『トルコ人』などと訳することはとても奇異に思えてならない。そもそも、このようなフランス流の副題のあるヴァイスのソナタ(組曲)は、極めて少ない。この曲はドレスデン版とロンドン版が残されているが、"L'infidèle"の副題はロンドン版だけに見られる。ヴァイス自身が意図したのか、ロンドン版に関与した人物がつけたのか(そこにヴァイスの同意があったのか?)、第3者などが勝手につけたかを判別する術はない。尤も、この曲を含めヴァイスの曲のほとんどは当時出版されていないので、ハイドンの交響曲や弦楽四重奏曲のように出版元などが勝手につけた可能性は低い。
   しかし、私は、この組曲はフランス風を明確に意識していると思っている。何がフランス風なのであろうか? 『フランス組曲』と言えばバッハの有名なクラヴィア作品を思い出す。これも、バッハが意図してつけた曲名ではなく、バッハ死後につけられたものである。フローベルガーによって確立されたアルマンド-クーラント-サラバンド-ジーグによる組曲様式は、ドイツにおいてサラバンドとジーグの間に、ガヴォット、メヌエット、ルール、ブーレなどのフランス舞曲を挿入して規模が拡大されてゆく。バッハの『フランス組曲』はこの形に準拠する。冒頭にブレリュード(序曲、アントレ)、末尾にシャコンヌ、パッサカリアが置かれることも多い。バッハのクラヴィアのための『イギリス組曲』、『パルティータ』、無伴奏ヴァイオリンのための『パルティータ』などがその例である。あえて言うならば「フランス組曲」よりも「ドイツ組曲」というべきであろう。
  もともと、フランスのリュート音楽の影響をフローベルガーも受けたとされるが、フローベルガーの頃にはフランスの組曲は、ルイ・クープランのクラブサン曲やマラン・マレなどのヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)曲のようにフローベルガーの様式を踏まえながらも比較的自由奔放に様々な舞曲を配置するようになる。そして、ルイの甥フランソワ・クープランにいたっては『上品な女(L'Exquise)』『大胆な女((L'Audacieuse)』等意味深な副題をもつ小品(それらは必ずしも舞曲の形式にとらわれない)からなる組曲(オルドル)という独自の様式を生み出している。
   こうしたことを踏まえると、ヴァイスの『不実な女』は、ヴァイスが常套的に用いているバッハらによってドイツで確立昇華された組曲様式を「アントレ-クーラント-サラバンド-メヌエット-ミュゼット-ペザンヌ(ドレスデン版はサラバンドとミュゼットが入れ代わっている)」と、あえてフランス流に崩すことによって「フランス風」を強調することを意図したことが明白になる。冒頭のアントレのフランス序曲風の付点音符の進行も途中で8部音符の進行が割って入り様式の一貫性のなさが「不実」を象徴していると思えてならない。

   今回、ミュゼットについて定演直前にある興味深いことに気づいたのである。先日紹介した『アンナ・マグダレーナ 資料が語る生涯』という本の中に、バッハの『アンナ・マグダレーナのための音楽帳』第2集(1725~)掲載の小品「ミュゼット」の楽譜が掲載されていたのである。ちなみに同音楽帳第1集(1722~)には『フランス組曲』第1~第5番の初稿が書き込まれている。
  バッハのミュゼットと称する作品はこの音楽帳以外には知られていない。しかし、この曲とともに掲載されている小品の多くは、バッハの作品ではない。『ラバーズ・コンチェルト』としてアレシンジされて一躍有名になったト長調のメヌエットは、ヴァイスとともにドレスデンで活躍したオルガニストのペツォールトの作品であることが判明している。このニ長調のミュゼットは作品番号もBWV anh.126と参考作品として分類されているように、明らかに他者の作品である。

Muzett_amb

  冒頭などに見られるミュゼット特有の低音のドローンをオクターブに分散させていることから「ミュゼット」でなく「ムルキー」であるとD.シューレンバーグ は『バッハの鍵盤音楽』で指摘しているが「ムルキー」とは、オクターブで細かく低音を刻むことによって、鍵盤音楽でドローンの持続効果を引き出すための技法をさすのであって特定の曲名ではない。ムルキーという他にあまり例を見ない語源不明の曲に由来する用語といえる。このミュゼットに先行するフィリップ・エマヌエル・バッハ作のポロネーズのリズムの類似性からみて彼が作曲した可能性が強い。

Polo_amb_peb

 

   それはともかく、このミュゼットのリズムと音型に注目してもらいたい。…そう、ヴァイスの『不実な女』のミュゼット)ロンドン版)と相通じるのである。下にあげるタブラチュアを5線譜化した楽譜をみれば一目瞭然…。

Muzette_weiss_2

  もともと、ミュゼット(Muzette)とはフランスで貴族の間で、田園詩(劇)を想起する素朴な楽器として愛好されたバッグパイプの一種で楽器そのものを指していた。やがて、前述したマレやクープランといったフランス音楽家が器楽曲として取り上げるようになったのである。

  そこで、以下にマラン・マレーのヴィオール(と通奏低音のための)組曲からの3曲を例として取り上げる。

Muzette_mm

上段は1711年の曲集から。
中段、下段は1717年の曲集のそれぞれ別の組曲から掲載順に並べたもの。
(下段は2つのヴィオールのための組曲)

 マレのいずれの作品は調整も拍子もリズムもそれぞれであり、ミュゼットという楽器を特色付けるバグパイブ風な長い低音(ドローン)も時がたつに連れて明確になっていくのが判る。 また、初期についていた冠詞がなくなっていくのも興味深い。いずれにせよ前述したようにミュゼットという曲は、ガヴォット、ブーレ、メヌエットのような特定のリズムや形式をもつ定固有の舞曲ではなく、ドローンを伴うことで田園風なミュゼットという楽器の雰囲気を表現する楽曲なのである。

 ちなみに、『不実な女』の最後を飾るペザンヌ(Paysane)も、「田舎風」という気味合いでマレの同曲に"Boureé Paysane"(田舎風ブーレ)などいう形で頻出しており、やがて単独の"Paysane"が出現するが、ミュゼットと同様これといった統一された様式がある舞曲ではない。

   こうして整理してみると、ヴァイスとマグダレーナ・バッハのミュゼットはおそらくは、何者かが創作したミュゼットを源(ソース)にしている可能性が強い。それがヴァイスのこのミュゼットをバッハがドレスデンで耳にしてお土産がわりに自分の家庭に持ち込んだのか、何者(フランス人?)かがドレスデンにもち込んだミュゼットをバッハやヴァイスや他の音楽家が耳にして独自に昇華(消化)したのかは定かではない。無伴奏チェロ組曲の第6番の第2ガヴォットに、朧にその姿をうかがえるものの、ミュゼットはエマニュエルの父親のセバスチャンのお口にはあわなかったようだ。

   それにしても、ヴァイスのミュゼットは、ロンドン版、ドレスデン版どちらを取っても主要動機のリズム音型の違うことに戸惑わされる。Muz_weiss_vari
上は、ロンドン版の冒頭。下は、ドレスデン版の冒頭。ただし、ロンドン版は、曲の途中で下の譜例のリズムに変容し、冒頭のリズムと錯綜し、再び冒頭のリズムに戻る。一方ドレスデン版は一貫して下記のリズムに徹している。
   ロンドン版のリズムの錯綜は、単なる写譜者の筆記の誤りだと思われがちだが、私は、、この時添えられた『不実な女』を明確にしようとした意図的な改訂であると思う。つまり、冒頭のアントレと同じように、わざと崩することによって予想を裏切る「不実」の象徴として捉えることができるのである。
   アンナ・マグダレーナのミュゼットとのリズムとの関係も、矛盾することで逆に先に触れた未知の源(ソース)をたどるヒントになるかも知れない。

   いずれにせよ"L'infidèle"は、やはり『不実な(フランス)女』が相応しい。何がヴァイスをそうさせたかは知らないが…。当時の国際関係をトルコなどと無理やり結びつける(そもそもそのネタはある人の冗談から始まったことなのだから…)よりは、ザクセンとフランスさらにはイギリスとの関係(さらにはプロイセン、ポーランドは穿ちすぎか?)を深く調べてみるのも一興かも…。お~っ!そうすると『不信心な女(フランス)』というのもありかも…。

 足の痛みはひいたが、久しぶりの音楽ネタの消化不良に苦しむ藤兵衛であった。

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