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バッハとリュートあれこれ(9)~スコラダトゥーラの功罪その2

 バッハのリュート曲にスコラダトゥーラ(変則調弦)を用いる説に対して以前から感じていた大きな疑問がある。(ここでいうスコラダトゥーラとは6コース以上のニ短調調弦を著しく逸脱する変則調弦をいう。6コースを半音下げる調弦は許容範囲とする。)なぜなら、当時のバロックリュートにおけるスコラダトゥーラの実際例を踏まえて論証しているとはとても思えないからである。少なくとも、巨匠ヴァイスの主要な作品集であるロンドン及びドレスデンの手稿譜にも見いだせないこの技法が、バッハ自身や彼の周辺で普及していたかを証明する必要があると思う。当時のバロックリュートにおけるスコラダトゥーラに言及した資料文献もあるとは聞くが、後期のヴァイス、ファルケンハーゲン、ハーゲンなどのリュート作品においては一般的な用法でないことは明白な事実であり、バッハのリュート曲にスコラダトゥーラの使用を主張するのはとても無理なことである。この「バロックリュートの様式や語法を無視してもバッハのリュート曲が弾ければかまわない」というご都合主義的姿勢は、古楽研究の基本から完全に逸脱した行為なのである。私の認識不足としたら話は別であるが…。

 仮にバッハがスコラダトゥーラを駆使するような技巧(知識)を会得した演奏家(作曲家)ならば、ヴァイスなどの一般の(???)リュート奏者が作曲(演奏)しない調性や音型(様式)の超絶的な作品を多数のこしていたであろう。しかし、現実には少数の五線譜を主体とした作品と他者によるタブラチュア譜しか残されていない。その現存する他者によるタブラチュアにもスコラダトゥーラは使用されていない。仮にバッハはタブラチュア譜に頼らず五線譜にてリュートを弾けた(タブラチュア譜では弾けなかった)としよう。(バロックリュートを初めて手にした頃、バッハやヴァイスの曲を五線譜で弾いていたリュート奏者としては素人丸出しだった私がその良い例である。)しかも、スコラダトゥーラを用いる技量もあったとしよう(…改めて言うがもしそうだったらリュートの歴史は今とはちがうものになっていたと思う…笑い)。それならばバッハは五線譜でスコラダトゥーラを用いてホ長調のBWV1006aをリュートで易々と演奏したこと請けあいである。ところがそうは簡単に問屋は卸さない。

   その理屈で行くと現存している自筆のBWV1006aではその仮説は成り立たないのである。つまり自筆譜は通常の記譜法で書かれており、スコラダトゥーラに対応していないのである。バッハのBWV995に対応する無伴奏チェロ組曲第5番のスコラダトゥーラの例をあげてみると一目瞭然である。
Bwv1011_s
BWV1011無伴奏チェロ組曲第5番Prelude原曲~ベーレンライターBA5215

Bwv1011_f

同アンナ・マグダレーナによる筆写譜ファクシミリー

冒頭の調弦の指示にあるように1弦を1音下げるスコラダトゥーラが用いられている。

Bwv1011_a

同曲を通常調弦であらわしたいわゆる普通の楽譜版
※印以下の点線部分がスコラダトゥーラが適応されている部分。

 一弦を一音下げることにより、一弦を弾く音符は一音高く記譜され、その音符(通常の押弦)で実音が奏でられるよう工夫がなされている。ただし、このチェロ版のように最高音弦のみの場合有効であって、 『校訂報告』で紹介されているギーズベルトような複数の弦に渡る場合は、混乱の極みとなり何らかの工夫(例:使用弦をいちいち明記する)を施さなければ実用に耐えなくなる。つまりリュートやギターの場合はタブラチュア譜において最も効果的に用いられる手法なのである。

例:F.Campion のバロックギターの例
Campion

 結論をいえば、バッハ自身がスコラダトゥーラを用いた証拠がない限りバロックリュートでスコラダトゥーラを用いてバッハを弾くべきではない。それはリュートの歴史的様式を冒瀆する行為であって少なくとも伝統的様式を尊重するリュート奏者のなすべき行為ではない。 個人的にはギター奏者としてバッハのリュート曲を究めんとしたイエペスの業績や、バッハのリュート曲を容易に弾きたいというリュート愛好家の欲求を否定するものではない。しかし、リュートの様式を尊重する研究者(プロの演奏者)の立場ならば、バロックリュートを基準にバッハの作品を当てはめて考察していく姿勢に立ち返るべきであり、バッハの曲にリュートを無理やり当てはめてリュートの様式や楽器そのものを改竄してはならないと思う。バッハのリュートについて語るには普遍的なニ短調調弦をもとにしたタブラチュア譜化という一種の編曲作業を経ないと始まらない。すなわち真の意味での実用譜が必要なのである。

それにしても現存するタブラチュア譜の資料をバッハの手ではないとさげすむ風潮を悲しく思う藤兵衛である。

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コメント

こんにちは。

バロックリュートの変則的な調弦は17世紀の前期に幾らかあったような気がしますが(メサンジョー等)、
後にドイツ・フランス圏ではニ短調調弦以外は悉く廃れた事を考えると、
確かにバッハの作品においてスコラダトゥーラを安易に用いるのは問題がありますね。

投稿: 黒羊紳士 | 2008年11月 3日 (月) 11時08分

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