バッハとリュートあれこれ(1)~ブリューガー版全集
ここのところ犬や猫やモグラなどに追われて(?)かなか音楽ネタに復帰できずにいたが、リュートの奇士さんのプログ『わが窓より行け』のバッハの記事 に触発され、自分なりにバッハのリュート曲についてあれこれ気ままに綴っていこうと思い立つ。
まずは、その昔親しんだこの曲集について…。
J.S.パッハ リュートのための作品集
この全集はドイツのHans Dagobert Bruger(1894—1932)によって1921年に出版された。1925年に第3版として修正増補されたものを全音出版社が1970年に邦訳初出版した画期的な楽譜である。
その全音版の帯につけられたこの曲集の性格を見事に言い表した紹介文をそのまま引用する。
帯表
「ギター・リュート愛好家に贈る。
ここに掲載されたバッハのリュートのための作品は,
名所に散在する原典を基に,音楽学者H.D.ブルーガ
ーの長年にわたる研究によって編さんされたもので
ある。時代の推敲を経た,もっとも信頼できるもの
の一つであり,ギター演奏家にとって,バッハ研究
の最大の道標といえよう。
なお,本編曲に用いているリュートの調弦法は,高
音から6弦までがまったく現代のギターと同じで,
さらにその下に4本の低音弦をもったものである。
したがって,ギターでほとんどそのままひけるか,
多少の工夫や省略によって演奏できる。
-----ギター演奏者必携の曲集である。」
帯裏
「リュートといえば以前には代表的な独奏楽器であって,
16~17世紀においてはいわば今日のピアノと同様な役割
を果していました。数多い作品のうちで興味深いものの
1つに,J.S.バッハの7つのリュート曲があり,これら
は従来,ブルーガー博士による現代版で知られてきまし
た。この歴史的にも興味深いブルーガー版が,本邦にお
ける古楽演奏の権威大橋敏成氏の監修によって,今回再
版されることになり,その意味は大きいと言えましょう。
ところでブルーガーの時代には,伝統的なリュートがま
だ復元されていなかったため,彼の版は実用版,それも
むしろギターに向いたものとなっています。そこでこれ
らの曲はギターでも,どんどんとひいていただきたいと
思います。
音楽史研究家 金沢正剛※注
全音楽譜出版社 ¥1,000.」
注:確か当時『現代ギター』にダウランドについての記事を寄せられていた。現在『新編音楽小辞典』(音楽之友社)…外出先で紛失したのを思い出し先程再発注…やキリスト教音楽関係の著作が発刊されている。
上記にあるように、ブリューガー(ブルーガー)が使用していた楽器はバッハ当時のバロックリュートではなく、基本的にはリュート(テオルボ)の形をしたギターなのである。この曲集の監修者の2003年に71歳で亡くなられたヴィオラ・ダ・ガンバ奏者で上野学園名誉教授の大橋敏成氏は序文でシューベルトの「美しき水車小屋の娘」などの歌曲に歌詞に登場するラウテとはこの楽器であると紹介されているが、実際には20世紀初頭にドイツで高まったワンダーフォーゲルという民族主義的運動(日本ではなぜか山登りになってしまう)の懐古趣味の波に乗って生み出されたリュート風ギターなのである。
そのリュート(ラウテ)の当時のカタログの右から2番目の楽器がこのブリューガーの用いた「バス・ラウテ」(全述序文では低音リュートと意訳)に相当する。基本的なギターと同じ調弦の六本の弦の他に4本の指板外の単弦の低音弦がテオルボのように配置されている。おそらく全弦に金属弦を使用したと思われる。
この曲集の記譜法はギター譜そのものであり、オクターブ下を示す数字の8を添えて番外低音弦が指示されている。
同曲集第1曲 ブレリュード冒頭
ちなみに、この曲集の曲順と採用(移調)された調性は次の通り…。
- プレリュード BWV999 イ短調(原調ハ短調)
- 組曲Ⅰ BWV996 ホ短調
- 組曲Ⅱ BWV997 イ短調(原調ハ短調)
- フーガつきプレリュード BWV998 ※(下記注)
- 組曲Ⅲ BWV995 イ短調(原調ト短調)
- 組曲Ⅳ BWV1006(a) ホ長調
- フーガ BWV1000 ホ短調(原調ト短調)
注:プレリュード-フーガ-アレグロ (原調変ホ長調)のこと。
ただし楽章ごとに調性が異なる※ホ長調-ニ長調-ハ長調
ご覧いただいた通り、ギター界で「リュート組曲第○番」と呼称する慣例はこのブリューガーの曲集に準拠したものである(その配列には何の根拠も見いだせないが…)。おそらくセゴビアなどのギタリストもこのブリューガー版をもとに自分の演奏版をおこしているのだろう。ギタリストによる本格的なバッハの原典(facsimile)に基づく演奏(研究)がなされるのは先のことである。多くの曲はバス弦をオクターブあげることでモダンギターで対処可能だが、BWV998における調整の不統一やBWV999および1000などの調性の不都合はただもてあますしかない(もっとも10~11弦の邪道ギター…ごめんなさい…なら話は別だが)。
早い話が、この曲集は古楽器研究が進んだ現代の我々古楽(リュート)愛好者から見れば眉唾物であり過去の産物でしかない。だが、バッハのリュート独奏曲7曲の全容…しかもヨハネ受難曲や追悼頌歌BWV198のリュートパートにも言及している…を体系的に学問的(巻末の校訂レポートも種々の資料を参照し当時としても充実したものとなっている。)に世に知らしめたことは誰も否定することのできない歴史的な偉業である。
と言いつつ、最早この曲集に更なる興味を見いだせない藤兵衛である。
| 固定リンク
「バッハ」カテゴリの記事
- 覚醒(2010.09.15)
- バッハとリュートあれこれ(19)~BWV998その6(2009.12.26)
- バッハとリュートあれこれ(18)~BWV998その5(2009.10.27)
- バッハとリュートあれこれ(17)~BWV998その4(2009.10.14)
- バッハとリュートあれこれ(16)~BWV998その3(2009.10.06)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
私のギター教科書。
おかげで基礎技術がまったくつかなかった。
とは言え、30年も教科書としてると
ホームページに載せたくなる。
それが http://the.end.5mosp.aonet.jp にあり、
http://bach.5mosp.aonet.jp で
変則的演奏でfugeを
5.1CHリュート組曲の演奏が聴けます。
wma ですけどね…。
投稿: aonetjp | 2009年7月26日 (日) 11時03分
HP拝見いたしました。私も一時期オーディオに凝っていたじきもありました。いつの間にか聴くよりも弾く人になっていました。原音よりも原曲(原典)を探求てとこかな?夏休みにジックリ堪能させていただきますね。
投稿: 藤兵衛 | 2009年7月27日 (月) 21時36分
VON HANS DAGOBERT BRUGERの
j.s.バッハリュートの為の作品集。
1970年代から愛読しております。
私のも¥1000円です(^^;)
初音ミクでこの楽譜の全曲を歌わせてます。
よろしく。移調はしてますけど…。
投稿: webmaster.aonet.jp | 2010年11月10日 (水) 16時14分
コメントありがとうございます。
埋もれてしまった往年の価値ある
楽譜が音になって蘇るとは!
しかも全曲!
画期的です!!
投稿: 藤兵衛 | 2010年11月11日 (木) 23時06分
こんばんは。
それから、お久しぶりです。
ドイツェ・ラウテを入手してから、ブリューガーのバッハに興味があります。
私は11コースしかバロックリュートは弾かないので、原曲に取り組む可能性は殆どありませんが、
二次創作?としてのこの曲集は、ラウテにとって疑問の余地が無い正当なレパートリーですし、
弾くにあたって奏者にも楽器にも無理が無いように思えるのです。
投稿: 黒羊 | 2014年2月 6日 (木) 21時32分
黒羊様
お久しぶりです。
大雪に帰りそこね、一人寂しく職場に取り残され籠城中です。
>最早この曲集に更なる興味を見いだせない藤兵衛である。
…とは、
あくまでも、モダンギターから13コースリュートに乗り換えてしまった自分自身の独断と偏見的な感想です。読み返してみると恥ずかしいです。
ブリューガーが使用した楽器で演奏することを否定したのではありません。彼の功績によってバッハのリュート作品が広く認知されたわけですから…。この忘れられた楽器でこの編曲を弾かれることはブリューガーにとって面目躍如。再評価のきっかけとなると思います。どなたかCD出されているのでしょうか?
ちなみに、この私、かつてシャイドラーやブレッシャネロの曲を彼らが使用したであろう楽器で弾いてみたいと思っていたことを思い出しました。
おかげさまで、前言訂正、ブリューガー興味津々となりました。
投稿: 藤兵衛 | 2014年2月 8日 (土) 21時01分
こんにちは。
雪はすっかり上がって気持ちよく晴れていますね。
昨日は職場で過ごされたようですが、大丈夫ですか?
私は藤兵衛さんのバッハの記事好きですよ。
バッハのリュート曲というと、美辞麗句を並べ立てて、「バッハ最高!他のリュート曲何て大したことない」みたいなものが少なくなくて、凄く嫌でした。
けれども、藤兵衛さんや奇士さんのバッハの記事は、冷静な視点で客観的に書かれているので、よく読ませて頂いています。
また新しい記事を書かれましたら、ぜひ読ませて下さいね。
それから、ラウテによるバッハのCDは私が知る限り見当たらないですね。
ラウテによるブリューガーやキレゾッティのリュート編曲集とか、18世紀マンドーラのオムニバスのCDが出たら良いのに、と思います。
投稿: 黒羊 | 2014年2月 9日 (日) 16時04分