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2008年10月の18件の記事

バッハとリュートあれこれ(8)~スコラダトゥーラの功罪

 『新バッハ全集』のリュート曲について『校訂報告』の小川伊作氏の抄訳は大変判りやすくバッハのリュート曲の真偽をめぐる問題の本質を我々に示唆されている。
 私自身が興味をもったの一つはスコラダトゥーラ(変調弦)にまつわる諸説の記事である。『校訂報告』の編者コールハーゼは、リコーダーやリュートなどの曲集や教本の出版(編纂)で知られるギーズベルト(Franz Julius Giesbert)の「(バッハのこれらの作品)がリュート曲である以上リュートで演奏可能のはず」という自説のもと原曲の調性を生かすために(リュートの通常の調弦を原曲の調に併せて変則チューニングを施す)スコラダトゥーラによるアプローチを紹介している。個々の注釈は別の機会にゆずるとして…。小川氏が『校訂報告書』から起し現代ギターに掲載されたギーズベルトが想定したスコラダトゥーラの例を引用する。
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 バロックリュートの標準のニ短調調弦とは、上図左下のBWV998、1000の例のように1~6コースをしてニ短調の主和音を形成することに因っている。このフランスで17世紀に確立したニ短調調弦は、ヴァイスをはじめとするドイツ後期バロックのリュート音楽が受け継ぎ、多くの作品のタブラチュアがこの調弦によって今に伝えられているのである。リュート最大の大御所ヴァイスの作品に1~6コースのニ短調調弦に変則調弦を指し示した作品を(スコラダトゥーラを駆使したバロックギターのF.Campionならいざ知らず)薄学な私自身今だ目にしたことがない。リュートで演奏可能かどうかを判断する場合「音域と調性」がまず基準となろう。BWV996ホ短調とBWV1006ホ長調はニ短調調弦のバロックリュートに馴染まないことは一目瞭然である。ここにギーズベルトの腐心の仮説の最大の問題があるのである。そこで、 『校訂報告』でも紹介されていた(抄訳では紙面の都合で省略)イエペスがバロックリュートの録音で試みたスコラダトゥーラを紹介してみよう。(以下私自身がLP の解説をもとに再編集したもの)
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 点線の範囲がスコラダトゥーラの適応範囲(7コース以下はバロックリュートにおける各調性に対応する一般的な調弦法)。WV996ホ短調組曲にはホ短調調弦、BWV997ハ短調パルティータにはハ短調調弦、BWV998プレリュード、フーガとアレグロ変ホ長調には変ホ長調調弦とイエペスの才知あふれる合理的な変則チューニングである。特にBWV1006aホ長調組曲にはホ長調調弦を施し、下属音aの開放弦を必要とする前奏曲(Prelude)において4コースをgisをaにわざわさ変えて後続の他曲と区別するという周到ぶり…。その反面、それならばBWV999は何故ハ短調調弦にしないのか…BWV995、BWV1000もいっそのことト短調調弦にしてしまえばいいのに…との疑問も生じる。ご都合主義??
 涙ぐましい努力は認めるが「どんな手段を使ってもバッハのこれらの作品をリュートで弾かなくてはならない(弾かれるべきだ)」という強引かつ滑稽なアプローチ(強迫観念、独りよがり?ご都合主義)としか私には映らない。果たして当時誰がそこまでしてバッハならずともリュートにふさわしくない調性の曲を弾こうとしたのであろうか?バッハの曲が本当のリュートにふさわしい曲として考えられたのか?本当にバッハがリュートを熟知していたのか?おのずとバッハとリュートの関係がみえてこよう。結論をいえば、バッハが、単にリュートに興味のある一音楽家であり、変幻自在なスコラダトゥーラを駆使できるような堪能なリュート奏者ではないのは明白である。何よりもバッハ自身の手による通常調弦のタブラチュア譜さえも残されていないという事実がそれを物語っている。つまりバッハのリュート曲として『新バッハ全集』が分類したそれらの曲の大半は現状のままは普遍的なリュート曲になり得ていないのである。

 偉大なるバッハを中心にリュート音楽を見ると目が曇るという一つの結論に達した藤兵衛であった。

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バッハとリュートあれこれ(7)~新バッハ全集校訂報告

  1976年『新バッハ全集』シリーズⅤ第10巻に7曲がリュート曲として掲載されて以来、1982年ようやく音楽学者Thomas Kohlhaseによる『校訂報告』が出版された。
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 『新バッハ全集』シリーズⅤ第10巻『校訂報告』扉

  全204頁 後半89頁よりリュートの部   

   序文(伝承・年代・使用楽器 と演奏法・関連文献と出版物)の後、各曲ごとに以下の項目が設けられている。       

  • 出典
  • 総論(成立年代・様式・使用楽器・初版)
  • 出版物
  • 詳細な注釈                                                            

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  参考 本文 BWV997 出典:従属関係の一部

   ご覧のようにドイツ語で記述されており、我々一般の愛好家には内容を理解するには敷居が高かった。幸いなことに小川伊作氏により1985年『現代ギター』11~12月号の特集記事「バッハ最新研究」にてその抄訳が紹介された。
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「新バッハ全集 リュート作品校訂抄訳」

  • はじめに
  • 批判版と実用版-<新バッハ全集>について
  • 著者について
  • 校訂報告について
  • バッハは本当にリュートのために作品を書いたのであろうか(各作品の楽器に関する表記・技術上の問題)
  • 個々の作品について(資料について・資料の相互関係・成立年代・使用楽器・その他)
  • バッハ・リュート作品資料一覧(原典資料・出版資料)
  • 各曲 校訂一覧表・注釈 ※この部分12月号掲載      

  あくまで抄訳であるが、概要を知る上でもアマチュアにとって大変有意義なものである。バッハ研究に向き合う姿勢についてもさりげなく示唆している。
 この「改訂報告」によって資料の検証の公式報告がなされたわけであるか、この7曲がリュート曲として確定したわけではなく、むしろその真偽をめぐる種々の説が百花繚乱と入り乱れ混迷を深めるといった感じをもった。

 そもそも、トーマス・コールハーゼも基本的には音楽学者であり専門のリュート奏者ではないが、例えばスコラダトゥーラ使用の仮説など、リュートに携わっている第3者の色々な論説(今となっては昔日の感があるが…)を少なからず紹介している。特定のリュート奏者の独断と憶測に支配されず、音楽学者により純粋に客観的な分析が行われたことは幸いである。後は我々個々に判断が委ねられたのである。

大学でしっかりドイツ語を勉強しておけばdespair…と悔いる藤兵衛であった。

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バッハとリュートあれこれ(6)~ツェルボーニ版バッハリュート作品全集

 先日、原典ファクシミリを掲載した現代ギター臨時増刊『名曲演奏のPARTⅢ バッハ/リュート作品の全て』を紹介したが、その前年の1980年、イタリアのツェルボーニ社から以下のような『バッハリュート作品全集 オリジナル版』が出版されている。
P1000325

   Edizioni Suvini Zerboni-Milano 1980年出版

イタリア語の他、ドイツ語、英語で解説文がついている。その序文の一部(英語)を抜粋する。

                                                                                  …The aim of this publication, therefore, is to fill the gap by offering to lutenists and other interested students a reliable and scrupulous study tool, with an accurate critical commentary and faithful adherence to the original manuscripts.
  In the hope that this volume will find favour with the music-loving public, we are confident that it will offer a valuable contribution to the correct reading of the worksincluded, whose meaning and proportions have all too often been warped and distorted by bad ranscriptions. 

 要約すれば「適切な知識情報やオリジナル譜に基づいた全集を出版することによって、今までの歪められていたバッハのリュート作品の編曲や知識に対して正しい解釈の手段を提供し、リュートを学ぶものに便宜を図った」とのこと。

内容を紹介してみよう。

  • 序文
  • バッハのリュート作品データ
  • バロックリュートとタブラチュア
  • 編集方針
  • 出典と資料批判(各曲解説)
  • 原典ファクシミリ
  • 本編楽譜
  • 付録(参考楽譜)

掲載された本編の各曲の冒頭は次の通り…。

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  新旧バッハ全集が2段譜であったのに対して、ブリューガー版と同じギター1段譜が採用され、ギター譜では用いない低音C以下は8の数字が添えられており、ギター譜あるいはバッハの無伴奏ヴァイオリン曲の譜面に親しんだものには自然体で読譜ができるようになっている。

 ブリューガー版をはじめギター編曲(移調)版と決定的にちがうのは、初めてオリジナルリュート曲通りの原調で表記されたということである。さらに、タブラチュア譜が伝えられているBWV995、BWV997、BWV1000は5線譜の上にそれを併記している。BWV998のアレグロには、オルガン用タブラチァア譜まで掲載するという徹底ぶりである。

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 これによってリュートにとって初めて「実用譜」に一歩近づいた感がある。ただし、本格的な実用譜と呼ぶにはタブラチァア化が必要であるが、タブラチュアは一種の編曲というべき編集者の意思(作為)が反映されるので敢えてそれを避けあくまでも原典資料に準拠した「批判版」の体裁を保っている。よってBWV997のフーガ、ジーグ-ドゥーブルはあくまでも他の資料から5線譜を起こしている。

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 全集の冒頭に掲載された原典ファクシミリと各資料の解説を参照することで見事に文字(序文)通り、我々リュート奏者(愛好家)に研究の便宜を図っている。ただBWV998のファクシミリは現在それを所蔵する上野学園大学の協力がえられず未掲載となっている。当時、資料公開に対する体制(概念)が整っていないにせよ、他国のいや世界(人類)の貴重な文化遺産を独占し秘匿するという、個人のコレクションならいざ知らず学問機関としてあるまじき姿勢には大いに疑問を感じた。現在はどうなのであろうか?

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この空白部分には御丁寧(皮肉たっぷりに)に伊独英三か国語で断り書きが添えられている。

 私自身これを見て言いようのない悲しみにとらわれたことを覚えている。あえてその英文を引用掲載する。

  We are grateful to the Libraries and Museums who gave us their authorizationto the reproduction of the manuscripts and pictures present in this volume.The refusal of the permission from the Ueno Gakuen College of Tokyo did not allow us to reproduce the Preludio, Fuga and Allegro BWV998.

……話をもどそう。

  この全集の目玉の一つは、今まであまり光をあたえられなかったリュートパートが含まれるバッハの声楽作品2曲の総譜が掲載されたことである。

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 BWV198 「追悼頌歌」~レシタティーヴォ

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 BWV245  ヨハネ受難曲 アリオーソ

 残念ながらこれらには原典ファクシミリは伴っていない。敢えて苦言を呈すればBWV244マタイ受難曲の初期稿にみられるアリアのリュートパート(後ヴィオラ・ダ・ガンバに改訂)が掲載されていないことぐらいか?…各々の詳細については改めて後日紹介する予定。

  そして、まさに止めを刺されたのは、巻末には付録として、他楽器(ヴァイオリン、チェロ、オルガン)版や異稿譜が掲載されていることだ。

  1. 無伴奏チェロ組曲第5番BWV1011全曲
  2. BWV996のイ短調クラヴィーア版異稿
  3. BWV997のクラヴィーア用異稿※異稿間で異なる部分を併記
  4. BWV539オルガン曲よりフーガニ短調(BWV1000の別稿)
  5. 無伴奏ヴァイオリンソナタBWV1001のフーガ
  6. 無伴奏ヴァイオリンパルティータBWV1006全曲 

  以上、誠に至れり尽くせりの超豪華版となっている。

※追記:BWV29カンタータ冒頭のシンフォニアのオルガンパート(BWV1006aのプレリュードに対応)もあればほぼオールキャスト勢ぞろい

 全集に掲載されている解説は、ブリューガの全集を始め、今までの既出のバッハ研究の成果を元にしており特に目新しいことはないが、この時点でこれだけの資料を揃えたことは意義深く称賛に値する。

 そして、1982年、待望の『新バッハ全集』のリュート曲に関する『校訂報告』が発刊される。

 このZerboniの全集にだいぶ助けられた藤兵衛であった。

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バッハとリュートあれこれ(5)~ギターとバッハのリュート曲雑感

 バッハのリュート作品を語るにおいてクラシック(モダン)ギターとの関係を避けて通ることはできない。モダンギターで19世紀以前の音楽を演奏することに興味を失った身なので、独断と偏見にまみれたとりとめのない雑感を述べさせていただく。             

『新バッハ全集』リュート曲の巻が発刊された1976年、わが国で次の楽譜が出版された。
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ゼンオン・ギター・ライブラリー 『演奏会用バッハ名曲選集』
阿部保夫編 全音楽譜出版社1976年

   これ以前にセゴビア、ブリームなどの著名なギタリストらは「ブリューガー版」をもとにバッハ のリュート曲の一部を編曲しレパートリーにし演奏録音し、一部を出版している。国内ではセゴビアやブリームのものが以下のシリーズで知られていた。
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『セゴビア/クラシック・アルバム』音楽之友社1970~

『ジュリアン・ブリームギター選集』全音楽譜出版社1967~

   また、ジョン・ウィリアムスやイエペス(ギターおよびリュート)による全曲録音もすでに1970年代前半に達成されていが、全集として楽譜が出版されたかは定かでない。

冒頭の全音版は、それまで親しまれてきたバッハの無伴奏ヴァイオリンやチェロそしてリュート曲のギター版を集大成(再編集?編曲?)した充実した内容となっている。

曲目は以下の通り。

  • 無伴奏Vnパルティータ第1番(BWV1002)からサラバンド、ブーレ(各ドゥーブル付き)
  • 無伴奏Vnソナタ第1番(BWV1001)からフーガ
  • 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番(BWV1004)からシャコンヌ
  • リュートのためのプレリュード(BWV999)※二短調
  • プレリュード-フーガ-アレグロ(BWV998)※ニ長調
  • リュート組曲第1番(BWV996)※ホ短調
  • リュート組曲第2番(BWV997)※イ短調
  • リュート組曲第3番(BWV995)※イ短調
  • リュート組曲第4番(BWV1006a)※ホ長調
  • 無伴奏Vc組曲第1番(BWV1007)からプレリュード
  • 無伴奏Vc組曲第3曲(BWV1009)全曲
  • 無伴奏Vc組曲第6曲(BWV1012)からガボット

 ご覧の通り、バッハのリュート曲ほぼ全曲網羅されるという快挙である。
ただし、BWV1000のフーガの代わりにタレガ編曲の無伴奏ヴァイオリン版を掲載しているが…基本的に「ブリューガー版」に準拠した調性を採用し、中途半端であったBWV999はニ短調、BWV998はニ長調(アレグロを付した完全版)とセゴビア版を踏襲し形を整えられ、まさにギター版のスタンダード的存在となった。
 参考ジョンの録音ではBWV998~ホ長調、BWV999~ハ短調  BWV1000~ト短調となっている。
     また、
1971年に石月一匡氏がBWV1000フーガイ短調編曲版を
     『バロックギター名曲選集№Ⅱ』共同音楽出版社にて発表している。

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 ただ、残念なことに編曲に関する資料検証(採用報告)がなされていない。当時としては仕方のないことであくまでも「ギター実用譜」と割り切ってしまいばそれまでのことだが、「どこそこの音はジョンやブリームの録音とちがうぞ…」などと善良なギター愛好者を悩ませたのは言うまでもない。思い募って「ブリューガー版」または『新バッハ全集』さらには原典ファクシミリを手にとって徹底的に比較しようと臨まんとする者も少なからずいた。…ここも一人いるけれども(笑い)。

 それから5年ほどして待望の救世主が降臨する。 
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『名曲演奏のPARTⅢ バッハ/リュート作品の全て』
現代ギター臨時増刊(1981)

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同『別冊楽譜実用版』80頁/全7曲収録

 何といっても全曲に渡り主要原典ファクシミリが掲載されたことが衝撃であった。   (資料の公開を拒み隠匿する某大学所蔵BWV998も古いファクシミリを引用して掲載)

各曲の調性も全音版を踏襲し、組曲のナンバリングもギター界の伝統に則って生かしてある。BWV1000もリュート版をもとに編曲されており、各曲ごとに編曲者(小山勝、浜田光彦、佐野健二各氏)の奏法解説がなされ、以下のような錚々たる面々による解説記事が満載されている。

  • バッハとリュート~高野紀子
  • バッハに至る器楽曲の流れ小川伊作
  • バッハ・リュート作品の装飾法荒川孝一
  • 作品分析 バッハの位置づけとリュート組曲を中心に二橋潤一
  • 作品分析 フーガイ短調BWV1000原博
  • 参考レコード案内浜田滋郎
  • バロック・リュートトタブラチュア左近径介  

 前述の全音版を補完し、まさしくギター版バッハリュート曲の決定版となったといえる。
ただし、古楽やバロック音楽一般からすると物足りなさを禁じえない。

  国立音楽大学音楽研究所でバロック音楽研究に従事された高野紀子氏(2003年同大学長就任)の「バッハのリュート作品をめぐる疑問」の冒頭の言葉がそれを代弁している。

「J.S.バッハは,一体リュートのための作品を作曲したのだろうか。そのうち何曲が現存しているのだろうか。また,作曲の動機は何だったのだろうか。リュート作品を残したとして,彼は何ゆえにタブラチュアを使わなかったのだろうか。バッハ自身は,果してリュートを演奏したのだろうか。バッハとリュート作品に関するこうした疑問は,旧バッハ全集刊行当時(1851-1899)から絶えず投げかけられていたのだった。ようやく1976年になって出版された新バッハ全集第Ⅴ作品群(クラヴィーアおよびリュート作品)第10巻のなかに7曲のリュート作品が収録されていて,ひとまず解答を得たかの感があるが,そうは言っても,上記の問いがすべて解決されたわけではなさそうである。ずいぶん頼りなげな言い方だが,それほど問題は複雑なのである。弁解じみたことを言わせていただくならば,新全集のリュート作品の編者トマス・コールハーゼThomas Kohlhaseによる校訂報告も未出版の現在,筆者は従来の研究をふまえて,7曲を紹介するほかはない。…」

 同じく、この書の中の各曲の奏法解説において浜田、小山氏がほんのわずか原典資料に触れているだけである。せっかくのバロック音楽やタブラチュアに関する解説のわずかな紙面ではギター演奏のほんの参考用程度しか語られておらず、かたや膨大な頁を割いて理路整然と雄弁に語る作品分析は古楽という視点からは明らかにピントはずれの肩すかしの内容となっている。個人的には冒頭の高野紀子氏の解説が一番有意義であった。

 待望のBWV1000のフーガの編曲もいきなり冒頭(3小節後半から4小節前半にかけて最低音声部の主題提示)でギターの限界を露呈してしまうものとなっている。
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 先の石月版は同部分全体を1オクターブあげているが声部が分離せずしっくりこない。仕方のないことだが全音版がそれを採用しなかった理由が何となく理解できる。もっともヴァイオリン版と出だしがちがうとか声部(和音)が増えたとか、低音が多いと言ってヴァイラウホ版を何となく嫌う向きが多いが、それでは何も生まれない。かといってイエペスやセルシェルのように(ギターと呼びたくない)多弦の楽器を用いてバッハのリュート曲を演奏することは邪道でしかない。つまり…そんなことをする位ならバロックリュートを弾けばよい…ということになる。強引なスコラダトゥーラ(変調弦)と14コースの楽器に頼っているがバロックリュートで全曲を録音したイエペスの姿勢は(演奏内容の好き嫌いは別として)余人の追従を許さない。

 兎にも角にも、この現代ギター社の出版は、バッハのリュート曲をギター愛好者にとってより身近な存在としたと言える。つまり、原典資料に基づいて既存の編曲版を土台に各々が自分なりの「実用譜」を容易に構築できる環境があたえられたのである。場合によっては伝承しているタブラチュア譜を見習った大胆な試み(改編)も可能なのである。極論すれば、ギターでバッハを弾こうとする人にとってこれらの曲がリュート曲なのかどうかの真偽はどうでもよいことになったともいえる。オリジナルが、厳密にはクラヴィーア用だとしても(ギターにより近い)リュート的な要素を多少なりとも持っているのであれば自然とギターになじみ効果的なパフォーマンスをあげる。リュートという呪縛から解き放されて、無伴奏ヴァイオリンやチェロ曲以上にギターにふさわしいバッハ作品として昇華(消化)されたといって過言ではない。その最たる例がBWV997「リュート組曲第1番ホ短調」であろう。

   以下独り言…

 今述べたことを裏返えせば、旋律と伴奏部がデフォルメ(または省略)された無伴奏ヴァイオリンやチェロ曲を「バッハは神聖にして侵すべからず」との盲信に駆られて何の創意工夫(音楽構造の検証)も無く原曲の一音一句に固執(追従)し再現しようとする一部のギタリストには到底理解できないことなのである。あえて繰り返すが、それならばヴァイオリンやチェロを弾いたほうがよほどいい…。

 一方、我々アマチュアのリュート愛好家には、リュートでバッハを弾いてみたいという欲求に対して大きな道筋をつけたことには間違いない。しかし、それとは裏腹に『校訂報告書』が間もなく刊行されても、リュート曲なのかどうかという真偽(演奏可能かどうかの検証を含めて)の判定という呪縛からは永遠に解き放たれることなく、高野氏が述べた以上にバッハのリュート曲の研究はますます混迷の度合いを深めて底無し沼化していくのである。

 ある意味でギター奏者が羨ましいと思うリュートに憑かれた藤兵衛である。

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秋深し、藤兵衛俳句を詠み洗車する?

天気予報だと昼頃から曇りとのこと。
 先日来の犬難のこともあり日の出を合図の時間差朝駆けbicycleと相成る。
さすがに例の困った飼い主たちの姿はなくホッとする。「さきたま緑道」では早朝にもかかわらず自転車を闊歩する人々の群れ。犬に追われ情けない大声をだすよりも…と勇気を出し「すみませ~ん。ここは自転車道ですよ。危ないですから歩道を歩いてくださ~い。」と追い抜きざま声をかける。やはり善男善女(o^-^o)…ほとんどの方々は「ごめんなさい」と道を譲ってくれる。しかし、途中で声をだすのに疲れてしまい「声かけ運動」は敢えなく中止とあいなったcoldsweats01

 再び旧吹上町体育館(正式名は吹上総合運動場コスモスアリーナ)前の荒川河川敷のコスモス畑にさしかかる。
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先週よりも更に色彩を増している。朝から大勢の人々が花を愛でている。しばし見惚れ時を忘れる。はっと気づき先を急ぐ。(旧)吹上町コスモス街道…名前の通り行けども行けども土手沿いにコスモスの花が尽きない。鴻巣市に合併されて「ふるさとの散歩道」となった?

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 荒川の遠く対岸の不思議な造形物(水門)を背景にコスモス、ススキ、セイタカアワダチソウが縄張り争い。今を盛りとばかりに咲き競う。
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 同じ外来種でも「秋桜」の名で愛でられるコスモス(メキシコ原産、日本には明治中頃渡来)と違い、北米原産のセイタカアワダチソウ(背高泡立草)はやっかいものだ。知らぬ間にここ数十年の間に全国の河川敷、野原、空き地、道端などいたるところに繁茂し、日本古来のススキなどの在来植物を駆逐席巻している。その名前の通り2mにおよぶ背の高さで覆い尽くし光を奪いつつ根元からcis-dehydromatricaria methyl esterという化学物質を分泌し、周囲の植物の成長を妨げるというエイリアンのような驚くべき生命力と繁殖力を持っている。若い世代では秋の風物詩として当たり前となっているようだが、浸食の顛末をつぶさに見てきた世代としてはこの黄色い花はなんとしても馴染めない

 コスモスは秋の季語として定着しているが、セイタカアワダチソウは字余りだ~と安心してはいけない。

この藤兵衛、俳句の趣味はないが、この風景を見てふと一句浮かんでしまった。
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「背伸びして故郷(ふるさと)想うかアワダチソウ

…お粗末(だれかすでに詠んでいるかも…)

かもと言えば、旧吹上町中の元荒川のたちもいつも以上に元気。P1000440
すっかり秋…。下流には白鳥やアヒルも鴨に誘われ群れ集う。

軽く六里でひき揚げ、8時過ぎに帰着。
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久しぶりに愛車SAAB93を洗車する。

お尻が鴨に似ているかも?……( ゚д゚)ポカーン…punchsweat01そういえば自転車S17にかまけて休日ドライブすっかりご無沙汰…(ガソリンもまだ高いし…現在ハイオク161円)。田舎の職場に転勤して以来虫や泥の汚れがめだつ。

 ハッチバックのこの車、荷物の収納に優れリュートはもちろん大型のアーチリュートやヴィオラ・ダ・ガンバなど数台分楽々運べるので重宝している(頼まれてコントラバスも運んだことがある)。収納に関してはバンタイプが一番なのだが馴染めない。最近このタイプの車種がほとんど見当たらなくなった今(SAAB社のラインナップからも消えてしまったcrying)、知る人ぞ知る名車SAAB(classic)900の面景を残すデザインと優れた安全性を誇るボディと中速ターボの効き抜群のこの車は大のお気に入りで当分乗り続けるつもり…。最近北欧デザインブームとも聞く。…SAAB社はスウェーデンのメーカだし…でも業績悪化のGM(OPEL)傘下なので大丈夫?

そんな心配をするまでもなく 新車購入資金がとっくに古楽器に化けてしまった藤兵衛であったsweat01

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バッハとリュートあれこれ(4)~新バッハ全集とリュート曲

 バッハのリュート曲は『新バッハ全集』シリーズⅤの第10巻(Klavier- und Lautenwerke)として1976年に刊行された。

『旧バッハ全集』で掲載されていたクラヴィーアや楽器不定曲であった5曲

  • 前奏曲ハ短調(BWV999)
  • 組曲ホ長調(BWV1006a)
  • 組曲ホ短調(BWV996)
  • 組曲(パルティータ)ハ短調(BWV997)
  • 前奏曲、フーガとアレグロ変ホ長調(BWV998)

未掲載の2曲

  • 組曲ト短調(BWV995)
  • フーガト短調(BWV1000)

 以上、我々が現在バッハのリュート曲としてなれ親しむ7曲(ブリューガー版でリュート曲とされた全曲)が晴れてリュート曲として認定されたのである。
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ご覧のようにBWV番号が付加されて見事にリュート曲としてお目見えしたのである。
譜面は原点の音部記号も冒頭に示され、BWV1000版は原典のタブラチァア譜が付記されて『旧バッハ全集』よりも進化している。

 ただし、何をもって『新バッハ全集』が採用する決定稿となしたかは、1982年刊行の同巻の『校訂報告書』による検証(研究)報告をまたねばならなかった。
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『新バッハ全集』シリーズV:第10巻(右)と同『校訂報告』 

その時点までは、権威に阿る一般の善良な愛好家は『新バッハ全集』の譜面を信じるしかなかったわけである。しかし、最大の問題は、『新バッハ全集』のこの譜面はあくまでも原典資料の検証や校訂の成果を集約した「批判版」であり、運指などを付し実際の演奏の便宜をはかる「実用版」ではないのである。お判りの通り、ピアノ(チェンバロ)譜同然の2段鍵譜を用いるところは『旧バッハ全集』と何ら変わっていない。タブラチュア化されて初めてリュートとしての実用譜となるのである。このことが一般のリュート愛好家にとって大きな障壁となって立ちはだかったのである。

  さいわいなことに、BWV1000は原典のヴァイラウホによるタブラチァア譜が浄書されて2段譜掲載こと、更に同巻『校訂報告書に』BWV995および997のタブラチァア譜資料の
ファクシミリが付録として掲載されたことである。

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BWV995 のタブラチァア (筆写 ファルケンハーゲン?近年の説)
Musikbibliothek der Stadt Leipzig Sammlung Becker III,11,3

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BWV997 のタブラチァア (筆写 ヴァイラウホ)
Musikbibliothek der Stadt Leipzig Sammlung Becker III,11,5

ただし、いずれも2次(以下)的資料なので様々な疑問や批判があがったが、実用譜としてのタブラチュアが存在していることは、これらの作品が当時現実にリュートで演奏されたことを証明している。この『校訂報告』によってバッハのリュート演奏(研究)に弾みが付くわけであるが、この改訂報告書を読めば読むほど事態は混迷してくるのである。

  あ~あ、日の出が遅いので記事を書き始めたものの、朝はやくから泥沼にはいってしまったようだ。sweat01
 校正もそこそこに気分直しに朝駆けbicycleにうって出ようとする藤兵衛であった。

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バッハとリュートあれこれ(3)~新バッハ全集とバッハ作品主題目録

新バッハ全集…。

 バッハ協会の全集刊行完成の後をうけて1900年に新バッハ協会創立された。全集の再検証を踏まえ新たなる研究を盛り込んだ『バッハ年鑑』を毎年発行し次なるバッハ研究の礎となるべく活動を行った。具体的には旧全集に追加すべき作品および資料の再検討・新発見に基づく校訂(新版)の追加出版を意図していた。旧バッハ全集の刊行により様々な研究成果が蓄積していくが2度の世界大戦、ドイツ分断が足枷となりなかなか形にはならなかった。そして戦後、1950年のバッハ没後200年を機に満を持してのバッハアルヒーフ財団(ライプチヒ)による「新バッハ全集」刊行着手と相成ったのである。

 その際、ヴァルフガング・シュミーダー(Walfgang Schmieder)がジャンル毎に分類整理しその年に発表したバッハ作品番号(Bach-Werke-Verzeichnis)略してBWV番号が採用された。1080の作品の他にそれぞれの異稿はBWV1006aのように番号の末尾にアルファベット小文字を付加し、189曲の消失曲、疑作または偽作?と見なされる付録(参考)作品はAhn.番号を付して整理されたのである。1961年にシュミーダーにより『バッハ作品主題目録』が別途出版される。
Schm

W.シュミーダー 『バッハ作品主題目録』(プライトコプ&ヘルテル社)扉

 注目すべきは、無伴奏ヴァイオリン作品の異稿として「室内楽作品」に掲載されたBWV1006aを除く、BWV965-1000の6曲がこの『バッハ作品主題目録』で、「リュートのための作品」というジャンルに分類されたことである。

以下『バッハ作品主題目録』のリュート曲に関係する部分を掲載する。

Bwv995

ご覧のように原典や資料及び当時知られる論文や出版物について掲載している。下から4行目にブリューガーの名前が見受けられる。

(以下、楽譜部分のみ掲載)

Bwv996

Bwv997

Bwv998

Bwv999

Bwv1000

以上が「リュートのための作品」に掲載された6作品

以下は「室内楽作品」BWV1001~に掲載されたBWV1006a

Bwv1006a

 ただし、この作品番号(目録)は、それまで蓄積された作曲年代判定などの様々なバッハ研究の成果を反映しているわけではなく(上記のBWV1006aの検証分類もその一つ)、その後、明らかに偽作とみなされた欠番や分類の間違いも少なからず散見される。(例:カンタータBWV217-222の大きな欠落など)1990年の小改訂(第2版)が行われBWV番号は1120、Anh.番号は208までに拡大されている。

 この目録のおかげでこの段階でバッハのその時点で伝承されている作品および資料、それに関する研究や出版物(楽譜)などの概要がはっきりと浮かび上がってきた。あとは順次発刊される「新バッハ全集」の成果すなわち「公式版」を待つのみとなった。だが、当初6年で完成の予定が、綿密な資料の検討・校訂がなされた結果全集の刊行と並行しての『校訂報告』の出版の進行も遅れがちとなり、結局半世紀という時間と労力をかけ2007年に『新バッハ全集』計103巻は完結した。

 ただ残念なことは出版元のベーレンライター社の出版段階での校訂の杜撰さ(誤植の多さ)が指摘され、楽譜自体の信頼性が揺らいでいる。また『ロ短調ミサ』のように採用された版への新たなる批判検証が叫ばれているものも少なくない。

 ちなみに、1985年、バッハ研究家のシュルツェ(Hans Joachim Schulze)およびヴォルフ(Christoph Wolf)により新たな作品目録「バッハ・コンペンディウム」(Bach Compendium.Analytisch-bibiographisches Repertorium)、略してBC番号が提唱された。先端のバッハ研究を元にした徹底した資料の比較検討によって分類されたものであり、シュミーダーのそれとは全く異なるものであるが、普及するにはいたっていない。

 参考:角倉一朗『バッハ作品総目録』バッハ叢書別巻2(白水社)

 まとまりがつかず改訂を迫られた藤兵衛であった。

<2008年10月18日 改訂>

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事件現場に舞い戻る~最終現場

 土竜の一件で一時中断した今日の自転車散歩について再び筆をとる。

 荒川の土手も秋が深まる。おっ、除草作業が行われている。おかげで土手沿いに植えられたコスモスが美しく映える。旧吹上町(現鴻巣市)の体育館前の河川敷では一面コスモス畑…大勢の人が散策し花を愛でている。
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典型的な秋の雲が浮かぶ。
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ついでに我が愛車S17を水道橋をバックにパシャッ…。
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第3遭遇現場をとっくに素通りしていることに今頃気づく!
秋空とコスモスに癒されすっかり犬の恐怖などどこかへ飛んで行ってしまった。

しばしこの周辺をウロウロしささやかながら秋の風情を堪能。
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秋の定番の一つススキが風にそよぐ。周囲をみるとセイタカアワダチソウが隙をうかがっている。負けるなススキ君!

心ウキウキペダルを踏む。田んぼの中にもコスモス畑を発見!ここも大勢の人だかり。
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嗚呼~目が眩む!色々な方から我が愛車のことを訊かれる。後ろ髪をひかれつつ家路につく。

 途中の旧吹上町内を流れる元荒川(桜の名所として整備されている)の河原にたたずむ白猫を発見。すかさずカメラに納める。猫嬢、ツンとすましシャナリシャナリ悠然と橋の下に姿を消す。
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家に帰り別の写真を見るとこの猫なんと左右の目の色がちがう。
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ここれがうわさに聞く金目銀目ネコか!なんか吸い込まれそうな不思議な輝き(上の写真クリックすると拡大可)

猫に魅了されたその直後、自転車をこぎだすと違和感が…。
P1000313
何とハンドルと前輪をつなぐバーのネジが脱落してしまったのである。あわてふためいたが幸いにも白猫に見とれていた当たりではずれたネジを発見。金眼銀眼ネコが福を招いたとしか言いようがない!
いざと言う時に装着していたTOPEAKの工具が初活躍…備えあれば憂いなし。

十里近くを4時間かけて11時過ぎ帰宅。
今日はのんびり秋を満喫し、心すっきり癒された藤兵衛であった。

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土竜に襲われた傷を癒す。

 先の記事を書いている途中で土竜にやられた玄関アプローチを修復する予定を思い出した。4つのモグラ塚にしきつめていた白い玉砂利がすっかり埋まってしまったのだ。掘り起こしフルイにかけて玉砂利を水洗いし埋め直すもご覧の通りのありさま。
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結局、後日新しい玉砂利を買って敷き直すことにする。ふと見ると近くのこんなところにもモグラの爪目あとが…。かなり前の仕業である。
P1000335
こちらは大きな玉砂利なのでなんとか体裁を取り繕うことができた。

改めて庭をみるとそこここに花が咲いている。すかさずデジカメPanasonic LUMIX FX37を持ち出し腕(カメラの性能?)試しと撮りまくる。いくつか紹介。

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おかげで土竜に襲われた傷を癒せた藤兵衛であった。

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事件現場に舞い戻る

連休3日目にしてやっと休みがとれる。満を持して自転車散歩bicycleに打って出る。先日3度も散歩中の放し飼いの犬に追いかけられたのがトラウマとなっている。かといってお気に入りのコースなのでさけて通るのも癪なので、周囲をビクビクキョロ(・_・|li)(!| ・_・)キョロと伺いながらの道行となった。

第一遭遇現場の「さきたま古墳公園」にさしかかる。
P1000211_3
「ええい~!この看板がみえぬのか~無礼者どもひかえおれ~。」と啖呵を切れども、幸か不幸か周囲に犬どころか誰もいない。皆さん連休でお疲れ?
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しばらく行くと再び看板が…「芝生に入るべからずの法則」のごとく犬を放したりフンを放置する不埒な輩どもが後をたたないということか…私だけが被害者ではなかったのである…weep

 第2現場にさしかかる。ひぃ~。遠くの方に例のダックスフンド三匹組を視認!今日も放し飼い。わき目もふらず逃走する…何故逃げねばならんだ~と不条理・理不尽という言葉を反芻する。
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 「さきたま緑道」にさしかかる。ほらほらちゃんと「自転車」「歩行者」を区別する看板が…!
ご丁寧に案内板の下にもわざわざはりつけてあるじゃないか!
要所要所にもこれ見よがしに設置されている。
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おいおい、おじさんそっちは自転車道だぞ!
歩道は洒落た石だたみ…それよりもアスファルト舗装が続く自転車道の方がさぞかし走りやすいのだろう。「自分さえよければ」の論理がまかり通るpout
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ここにもこんな看板。あ~あ情けなや。
自転車道を道幅いっぱいに並んで歩くオバサン3人組の背中にベルをあびせ第3現場の荒川土手をめざす。
ベルを鳴らすのは慎みたいのだが…堪忍袋の緒が切れてしまった藤兵衛であった。

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のぼうの城コミック版~いま一つ

う~ん、コミック版『のぼうの城』期待外れ。風景描写が地元のこの藤兵衛を失望させすぎる。今週号のオープニングの超巨大「丸墓山」…サ~ビス過剰sweat01。それに相変わらず山並が近すぎる。判ってないな~。縦横に走る川に沿う自然堤防にそって繁茂する木々や屋敷林(冬の赤城おろしにたえる常緑樹は必需と今更ながら気づく)などに遮られて68・70・84頁のような風景は絶対ありえないのにな~。しかも84頁の丸墓山から忍城が手にとるように絶対見えないぞ~(参照藤兵衛の撮った写真) 。城の周辺は江戸時代になって行われた関東平野の新田開発を先取りした関西の先進地域の教科書に出てくるような館を取り囲む荘園のような風景~。実際は当時城の東南部は芦(葦)原、林が生いしげる。中一週間空いての掲載なのに現地取材していないのかな?。唯一の救い…東日本文化の囲炉裏を描いているものの土間の釜戸に馴染みのある地元民からすれば????の藤兵衛である。

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バッハとリュートあれこれ(2)~旧バッハ全集

先日ブリューガー版の全集について紹介したが、本家本元(?)のバッハ協会版(Bach-Gesellschaft Ausgabe)いわゆる旧バッハ全集版に触れてみる。

 同協会はバッハ作品全集の刊行を目的にバッハ没後100年にあたる1850年に設立された。ほぼ50年かけて19世紀末までに46巻(分冊ふくむ)を刊行しその役割を果たす。作品の分析および資料の検証はニの次で当時知られていたバッハ作品の全貌を明らかにすることが優先された感がある。そのためカンタータからはじまりおおまかにジャンルごとに分類されているものの詰めが甘いものが少なくない。その最たるものがリュート作品である。現存するソロ作品のうちBWV995とBWV1000の2曲が未掲載であり、その他の曲もクラヴィーア曲もしくは楽器不明(不定)として分類されている。

 そのためBWV996のブーレーは単独で、BWV999は小前奏曲集の一曲として古くからピアノの練習曲として知られていた。(なんとなく子供の頃ならっていたピアノの楽譜集で見た覚え…ということは弾いたことがない?coldsweats01…がある)

リュート曲と掲載巻の関係は以下の通り

【第36巻クラヴィーア曲4(1890年)】     

BWV999
Bwv999                               
【第42巻クラヴィーア曲5(1894年)】
  
  BWV1006a

Bwv1006a                                   
【第45巻-1器楽曲の補遺(1897年)】
    (カノン,インヴェンション,組曲など)

  BWV998
Bwv998   
  BWV996
Bwv996

  BWV997
Bwv997_2

 最後の3曲は基本的にはリュート曲としての断定はさけているがその可能性を匂わせている。ただし曲の配列からも作曲年代や様式の検討はさほどなされていないことが読み取れる。リュートそのものが忘却されたその時代においてはいたしかたないことである。何よりもバッハの曲を世に知らしめたことが旧バッハ全集の最大の意義なのである。
 そして、ブリューガー版のリュート作品集の刊行はそれから20数年後になるが改めてその偉業を顧みる藤兵衛である。

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バッハとリュートあれこれ(1)~ブリューガー版全集

 ここのところ犬や猫やモグラなどに追われて(?)かなか音楽ネタに復帰できずにいたが、リュートの奇士さんのプログ『わが窓より行け』のバッハの記事 に触発され、自分なりにバッハのリュート曲についてあれこれ気ままに綴っていこうと思い立つ。

 まずは、その昔親しんだこの曲集について…。
Hyoushi_2
J.S.パッハ  リュートのための作品集 

この全集はドイツのHans Dagobert Bruger(1894—1932)によって1921年に出版された。1925年に第3版として修正増補されたものを全音出版社が1970年に邦訳初出版した画期的な楽譜である。
 その全音版の帯につけられたこの曲集の性格を見事に言い表した紹介文をそのまま引用する。

帯表
 「ギター・リュート愛好家に贈る。
 ここに掲載されたバッハのリュートのための作品は,
 名所に散在する原典を基に,音楽学者H.D.ブルーガ
 ーの長年にわたる研究によって編さんされたもので
 ある。時代の推敲を経た,もっとも信頼できるもの
 の一つであり,ギター演奏家にとって,バッハ研究
 の最大の道標といえよう。
 なお,本編曲に用いているリュートの調弦法は,高
 音から6弦までがまったく現代のギターと同じで,
 さらにその下に4本の低音弦をもったものである。
 したがって,ギターでほとんどそのままひけるか,
 多少の工夫や省略によって演奏できる。
 -----ギター演奏者必携の曲集である。」

帯裏
 「リュートといえば以前には代表的な独奏楽器であって,
 16~17世紀においてはいわば今日のピアノと同様な役割
 を果していました。数多い作品のうちで興味深いものの
 1つに,J.S.バッハの7つのリュート曲があり,これら
 は従来,ブルーガー博士による現代版で知られてきまし
 た。この歴史的にも興味深いブルーガー版が,本邦にお
 ける古楽演奏の権威大橋敏成氏の監修によって,今回再
 版されることになり,その意味は大きいと言えましょう。
 ところでブルーガーの時代には,伝統的なリュートがま
 だ復元されていなかったため,彼の版は実用版,それも
 むしろギターに向いたものとなっています。そこでこれ
 らの曲はギターでも,どんどんとひいていただきたいと
 思います。
              音楽史研究家 金沢正剛※注

 全音楽譜出版社      ¥1,000.」

   注:確か当時『現代ギター』にダウランドについての記事を寄せられていた。現在『新編音楽小辞典』(音楽之友社)…外出先で紛失したのを思い出し先程再発注…やキリスト教音楽関係の著作が発刊されている。

上記にあるように、ブリューガー(ブルーガー)が使用していた楽器はバッハ当時のバロックリュートではなく、基本的にはリュート(テオルボ)の形をしたギターなのである。この曲集の監修者の2003年に71歳で亡くなられたヴィオラ・ダ・ガンバ奏者で上野学園名誉教授の大橋敏成氏は序文でシューベルトの「美しき水車小屋の娘」などの歌曲に歌詞に登場するラウテとはこの楽器であると紹介されているが、実際には20世紀初頭にドイツで高まったワンダーフォーゲルという民族主義的運動(日本ではなぜか山登りになってしまう)の懐古趣味の波に乗って生み出されたリュート風ギターなのである。
Lautekatalog1920
そのリュート(ラウテ)の当時のカタログの右から2番目の楽器がこのブリューガーの用いた「バス・ラウテ」(全述序文では低音リュートと意訳)に相当する。基本的なギターと同じ調弦の六本の弦の他に4本の指板外の単弦の低音弦がテオルボのように配置されている。おそらく全弦に金属弦を使用したと思われる。Tune10_laute
この曲集の記譜法はギター譜そのものであり、オクターブ下を示す数字の8を添えて番外低音弦が指示されている。
Sheet01
   同曲集第1曲 ブレリュード冒頭

ちなみに、この曲集の曲順と採用(移調)された調性は次の通り…。

  1. プレリュード BWV999 イ短調(原調ハ短調)
  2. 組曲Ⅰ BWV996    ホ短調
  3. 組曲Ⅱ BWV997    イ短調(原調ハ短調)
  4. フーガつきプレリュード BWV998 ※(下記注)
  5. 組曲Ⅲ BWV995    イ短調(原調ト短調)
  6. 組曲Ⅳ BWV1006(a) ホ長調
  7. フーガ BWV1000   ホ短調(原調ト短調) 
   

注:プレリュード-フーガ-アレグロ (原調変ホ長調)のこと
      ただし楽章ごとに調性が異なる※ホ長調-ニ長調-ハ長調

 ご覧いただいた通り、ギター界で「リュート組曲第○番」と呼称する慣例はこのブリューガーの曲集に準拠したものである(その配列には何の根拠も見いだせないが…)。おそらくセゴビアなどのギタリストもこのブリューガー版をもとに自分の演奏版をおこしているのだろう。ギタリストによる本格的なバッハの原典(facsimile)に基づく演奏(研究)がなされるのは先のことである。多くの曲はバス弦をオクターブあげることでモダンギターで対処可能だが、BWV998における調整の不統一やBWV999および1000などの調性の不都合はただもてあますしかない(もっとも10~11弦の邪道ギター…ごめんなさいsweat01…なら話は別だが)。

  早い話が、この曲集は古楽器研究が進んだ現代の我々古楽(リュート)愛好者から見れば眉唾物であり過去の産物でしかない。だが、バッハのリュート独奏曲7曲の全容…しかもヨハネ受難曲や追悼頌歌BWV198のリュートパートにも言及している…を体系的に学問的(巻末の校訂レポートも種々の資料を参照し当時としても充実したものとなっている。)に世に知らしめたことは誰も否定することのできない歴史的な偉業である。

 と言いつつ、最早この曲集に更なる興味を見いだせない藤兵衛である。

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土竜に襲われる!

 一昨日のこと、出掛けに玄関アプローチにて見慣れぬ不可思議なものに遭遇するcoldsweats02。土竜(もぐら)塚である。畑からだいぶ離れた自宅(建物)と玄関アプローチ(コンクリート通路)の間の狭い空間にボコボコと土が盛り上がる。
F1000195
おかげで敷きつめた玉砂利が壊滅状態…。このモグラ君、迷い込んだ袋小路の土中でさぞかしのたうち回ったのであろう。家人によればこのモグラ、数件先の庭まで遠征し随所にもぐら塚の爪痕を残しているとのこと。フェンスをいくつも潜り抜けるとはたいしたパワーだ。人ごとなので気にもかけていなかった「ゴルフ場のならず者」のいわれを知る。

 そういえば昔庭で餌付けをしていた野生の猫が、しばしばモグラを銜えてきて玄関前に置き去りにしていったことを思い出した。「猫の恩返し」?というものらしい。といってもモグラを食する風習はないので、どうせなら小判のような気のきいたものを拾ってこいとその時は思ったが、モグラハンティングが趣味のかの猫が今いたならば頼もしいと懐かしむ。

 あ~あ猫が飼いたい…変なものを銜えてこられても難儀なので部屋猫が望ましいのだが。…それはともかく、週末は会議、土曜は出勤、日曜は出張、修復の手間など考えただけでも頭が痛いdespairsweat01

 

気分直しにこれからしばしリュートに勤しまんとする藤兵衛である。

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リウト・アッティオルバート入院す

 例の故障したリウト・アッティオルバートを奥清秀さんの工房に修理に出した奥さんのブログ で掲載中の解体されたその姿は、リュート属の中でも最多の弦数がある楽器だけに哀れさも一入…。(お世話おかけしますが奥さんよろしくお願いいたします。)
 「テオルボ化されたリュート」という意味?のこの楽器は意外に小型で、装飾華美なものが多いようだ。そのため、女性が嗜むために開発された楽器なのかな?と想像してしまう。いずれにせよPiccininiなどのアーチリュートのソロ曲を拙宅の狭い書斎で弾くにはもってこいのサイズである。
 そのPiccininiやKapspergerのトッカーター、カンツォーネ、リチェルカーレなどの作品群は、ヴァイスやバッハ時代のバロック音楽になれ親しんだ自分にとってはまさしく異次元の完結した世界である。フランス式タブラチュアと比べるとあまりにも無機的なイタリア式タブラチュアから生み出される変幻自在、自由奔放な音楽には衝撃を受けた。そして色々とCDを聴くたびにブラックホールのような魅力に吸い込まれそうになる。…と言っておきながら「イタリア式タブラチュアに今一つ馴染めない」とか何とか言って手をこまねいている。そのくせ、昨年の定演にて「Zamboniのソナタ第9番」全曲を披露した卑怯者でもある。Zamboniのそれに匹敵するぐらい魅力的なチャコーナや馴染みやすいガリアルドなどをPiccininiはテオルボ(キタローネ)のために書いている。超弩級のテオルボだと楽器を手に入れること自体文字通り身構えてしまっていたが、独り楽しむ分には修理に出したこの楽器の調弦(弦の張り方)を工夫して割りきればよいのかな?…と楽器が入院して今更ながら気づく藤兵衛である。

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ブログ新装の真相?

 この度ブログのデザインを一新。

 曇天かと諦めていたが朝から気持ちのいい秋晴れ。喜々として朝駆けbicycleにうってでる。待望の秋空に誘われて遠征十五里に挑まんとウキウキとペダルを踏み出したものの、「晴天の霹靂」sunthunderというものに幾度も遭遇するはめになった。

  まず前方不注意の自動車が私にぶつかりそうになり、こちらが辛うじて激突を回避したにもかかわらず運転していた若造に罵られたのである。相手はそのまま走り去るが、作業服姿から休日早朝出勤する勤労青年と見て取って、朝から変な自転車に乗ってルンルン気分の自分に対する戒めと受けとり怒りを静める。だが、それはほんの軽い序曲にすぎなかった。

 その直後、さきたま古墳公園内で散歩中の白犬(サモエド犬?)に吠えられ追いかけられたのである。しかも2匹である。何と飼い主は鎖を外していたのだ。近くに「犬の放し飼いはやめましょう」の看板が立っているのが見えないのか(`Д´)。飼い主(40歳ぐらいの女性2人)はよほど頭が悪いらしい。犬を叱るどころか必死で逃げる私の背後で「あれあれ」と言いながら笑い声を立てている。

 一目散で犬を振り切り公園の隣の整備中の広場に抜け出てホッとするのも束の間、今度は3匹のダックスフンドにキャンキャンキャンと追い立てられる。相手が小型犬とわかるや強気になり自転車を停めて「こらぁっ!」と大声をあげて威嚇する(この犬って見かけによらず結構獰猛ときいたことがあるのに…shock)。やっと、追いついて私を取り囲んで吠え立てている犬を制した飼い主の中年の男性はただただ平謝り。情けない大声をあげた手前もあり「いや~かわいい犬を轢いちゃうといけないから~…」と飼い主が「こいつは一番おとなしいンですよ」と指さした犬の頭をなでて取り繕い(ひぇ~(;・∀・)sweat01)そそくさとその場を立ち去る。

 その後、緑道に差しかかるとサイクリング道路を我が物顔に闊歩する人々がいつもより憎々しく思えてくる。「歩行者専用道路を歩かんか~ぁ、○け!」「『←自転車・歩行者→』の看板の字も読めんのか~、×ホ」などの科白を喉の奥で留めながら人ゴミ(!)をすり抜ける。そのたび「あぶない自転車め~」という非難の視線を背中に浴びて涙を飲み込む。たまたま今日は犬を長い(伸びる)鎖でつないで散歩している人がいないのがせめての救いであった。ましてや放し飼いの犬がいたらどうなってたことやら…。最近知った「チワワ蹴り男有罪判決」のニュースが頭をよぎった。

 気が滅入り途中で何度も帰宅しようと思いつつも、秋晴れに慰められて何とか荒川の土手までたどり着く。嗚呼~!…2度あることは3度あるとはよく言ったものだ。今度は土手下から駆け上がってきた中型の柴犬dog(明らかに散歩中の飼い犬)に吠え立てられ追いかけられる。死に物狂いで転がるように逃げに逃げたdashので飼い主の姿は視認できなかった。この時点で直ちに帰還を決意する。

 何という日だannoy。その途中、道端に放置されている犬の糞がいつもより多く感じられる。犬には罪がない。人というものはいつから犬より劣るようになったのであろうかsad

 ついでに先日気づかなかった「猫じゃらし」をそこここで発見。
P1000191
 そういえば猫catに追いかけられたことはいまだないと一人ほくそ笑む。

 日がすっかり陰った頃、稲を刈ったばかりの田んぼでシロサギの群れを発見。その姿に癒されシャッターを押す。機動力を発揮しているデジカメPanasonic LUMIX FX37にもだいぶなれてきた。
P1000198

結局、目標の半分にもならない六里で朝八時頃の帰着とあいなった。その後、先日壊れてしまったリウト・アッティオルバート修理のための発送準備、しばらくほったらかしていた庭の芝刈り、そしてプログのリニューアルなどたまっていた懸案事項を片づけ気を紛らわした。ヴァイスの新曲にチャレンジして床につこうと筆を置く。

 実りのない秋晴れと犬難(人難?)を恨めしく想う藤兵衛である。

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楽器庫の惨劇~隠された真実

先日、書斎の楽器庫の棚が崩壊した記事を紹介した。その時のエピソード。崩壊した楽器庫内の楽器達は何とか無事に救出できたものの、その際、側に立てかけてあった別の楽器ケースを倒してしまったのである…ひぃ~∑q|゚Д゚|p。目の前の惨状に目をとられ周囲に目を配らなかった自分を恨んでも遅い。中にあった14コース・リウト・アッティオルバート(セラスモデル)のネックがみごと折れてしまったのである。
P1000201
頭の中が真っ白。以前別のアーチリュートのネックが折れてしまったことがあるが、その時は折れるべくして折れたようなもので諦め(納得?)がつき自分で修理するに至ったが今回の一件はショックが大きかったweep。忘れよう忘れようとしても現実は変わるはずは無く、漸く今日になってリペアにだすことを決心する。ついでにぺグの不具合などの調整もお願いする予定である。

楽器が壊れるととても落ち込み心痛むheart03sweat01藤兵衛である。

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秋空恋し、猫恋し

定演が終わって一週間がたつ。この間仕事が立て込み音楽に関する次のプラン(ステップ)が見いだせない。音楽ネタも書きたいことがたまっているがまとまらず疲れがたまって早めに床につく日が続く(いただいたコメントへの返事も滞りどうもすみません)。そんなだれた自分を嘲るようにここ数日自転車散歩にうってつけの今年初めての抜けるような秋空が広がる。職場で「仕事などしてる場合ではない!」とぼやくことしきり。だがなんと明日土曜日は休日出勤。貴重な日曜日何してすごそうか迷う…天気予報だと曇り空weep。取りあえず先の日曜日(この時も曇天)の自転車散歩のおりに撮った写真で慰めることにする。
P1000139
最近、我が愛車S17を自前でカスタマイズ。前輪をフォーク(ハンドルつき)ごと換装し14インチから16インチにサイズアップ。サドル下スプリングの仕込みとともに走りに快適さが増した(興味のある方は画面をクリックしていただくと画像が拡大)。自転車散歩に憑かれた血が沸く。それを見透かしたようにバックに彼岸花が今を盛りと妖しく咲き乱れる。
  帰り道、荒川の土手で懐かしい植物発見。
P1000165

子供の頃、通学路で見つけると摘んで「狸やリスの尻尾は斯くあらん」とのその手触りを楽しんだ記憶が蘇る。名前はすっかり失念。友だちのほっぺをなでたり家に持ち帰り猫catをからかった「猫じゃらし」とはちがう。周囲で「猫じゃらし」も探したが見つからない。もっとも摘んで帰ってもかまう猫が我が家には今いない。あ~あ猫も飼いたい。しかし昼間家の中にほったらかしにしておくのはかわいそう…despair永田さんちのウチの猫 がうらやましい。
職場のコンピューターのスクリーンセーバに拝借した猫たちの写真を仕込んでいる藤兵衛である。

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