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クヴァンツとヴァイスとフックス?

  なぜフックス?かというと…。

 クヴァンツについて調べていたところ(思わぬところで)フックスとヴァイス、さらにリュートに絡むエピソードを発見したからなのだ。 

  そこで、藤兵衛なりにクヴァンツについてもう少し紹介してみよう。(おいおいフックスは…どうしたのcoldsweats02

Quantz_port

 クヴァンツは名フルート・トラベルソ(以下フルートと記述)奏者および(フルート曲の)作曲家として名高いが、最初からこの楽器に人生をかけていたわけではない。10歳で鍛冶屋の父親に先立たれた彼は町楽師の叔父に引き取られ音楽を生業とすることを余儀なくされたのである。この叔父もまもなく亡くなったが、後任の楽師により当時一般的なほとんどの楽器の演奏技術をたたきこまれたのだ。そのうち特にヴァイオリン、オーボエ、トランペットの技術を飯の種として磨くことになる。
 そのかいあって、クヴァンツは1716年伝手を得て19歳でドレスデン宮廷楽団にヴァイオリン奏者として加わり、時にトランペットも演奏する幸運をえた。彼はその頃楽団のリュート奏者ヴァイスやヴァイオリンのピゼンデル、フルートのビュッファルダンらの名手たちの活躍ぶりを羨望するとともに彼らと肩を並べようと切望するのである。
 ちなみに、ヴァイスがドレスデン宮廷楽団に正式雇用されるのが1718年の30歳弱の時である。実際には、その前にヴァイスはドレスデンを2度ほど訪問しているのでクヴァンツとの出会いもその時のことであろう。クヴァンツの自伝をみるとヴァイスもこの段階で非常勤的な形で楽団に加わっていたのかもしれない。

 その1718年はクヴァンツにとって人生の大きな曲がり角の入り口であった。彼は、この年ザクセン強健侯の息子ポーランド王アウグスト3世によって設立されたポーランド楽団に、オーボエ奏者として採用され、ドレスデンでのヴァイオリン奏者兼任という自身の技量を生かせる願ったり叶ったりの前途洋々の生活が始まるかと思えた。ところが翌年には周囲からフルート奏者になることをせがまれたのである。現任奏者からその席を譲りたいとのたっての要望もあって断り切れなかったクヴァンツは、まさに一大決心をしドレスデン宮廷楽団のフルートの名手ビュッファルダンからフルートの特訓を受けることとなった。4カ月あまりでその技術をものにしフルート奏者クヴァンツとして転身したのである。それまでに多少フルートの心得があったというが、恐るべしクヴァンツ!この時22歳…。ただしオーボエを完全に手放しフルートに専念するのは1728年頃である。
 一方、彼は、ヴァインオリンの手ほどを受けていたピゼンデルからは演奏法のみならず音楽観・芸術観も感化され本格的な作曲に関する勉学の志をかためたのであった。また対位法に関する知識は、同じくドレスデンで活躍していたものの影の薄いゼレンカ(最近注目されてきたnote)から学びとっていった。そのゼレンカの師匠がウィーンで活躍していたフックスというわけである。
 (ふ~sweat01…やっと彼にたどりついた…)とても回りくどいお話で恐縮のいたり…。フックスは単なる出汁??

その後のフックス、クヴァンツ、ヴァイスにまつわることの次第についてはまた後日…

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